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それぞれに「それぞれの解釈」



人それぞれの解釈というものがあって
それは宗教から個人的好みにいたるまで
多種多様のコンセプトやロジックが存在する

それでも世の中には普通という概念が
普通にまかりとおっていて
それは文化や環境など
様々なものの影響を受けながら
ある種の洗脳となって
人々を縛りも解き放ちもするものである
つまり大多数の人間が同じ考えを持っていれば
それが普通という定義として成り立つ

ダーウィンの『種の起源』は
僕ら日本人にしてみれば普通の概念で
人は猿から進化したものだと
当然誰もがそれを疑わない
しかし多くのキリスト教原理主義者たちは
かたくなに進化論を拒絶している
つまり人間は猿が進化したのではなく
神が創ったものであると本気で信じている

冷蔵庫で枕を冷やす人はまずいない
でもそれが当たり前の国があったとして
その国ではそういう文化がありそれが普通だ

普通の定義が世間一般常識の範囲内と言えるなら
世間とは世界のことではなくこの場合は日本である
つまりこの側面からだけ見るなら変態や変人とは
違う国に住む人もしくは違う国の文化を持つ人
と言い換えることができる

日本という国の普通に適応して生きていくか
そしてそれを善とするか悪とするか
その考え方もけっきょくは普通という概念からは
逃れられない

僕は変態でありたい
でもそれは普通という箱の中にいるからこそ
言える言葉なのかもしれない

普通を嫌う人間は
海外に行くべきだと僕は思う
もちろん2・3日の旅行じゃ意味がない
箱の外に出なければわからないこともある